作者紹介
残間正之
1953年1月29日、北海道生まれ。フォトジャーナリスト。ファッション、会社案内、カタログなどのコマーシャル写真を撮る一方で、アウトドア&釣り雑誌の企画や撮影、執筆も行う。世界61カ国の秘境に住む民族を訪ねつつフライ・ロッドを振る。著書多数。

「世界釣魚放浪記」
(エイ出版/1500円(税別)/2001.10.1発売)
海外の釣り紀行「だからロッドを抱えて旅に出る」の続編!フライだけでなくソルトのルアーも多少含まれています。

 

 近年、道南のアングラーたちの意識も変わった。海でも川でもフライフィッシャーマンを多く見かけるようになり、縦割り行政の狭間で管理する者のない魚道を、地元の釣り愛好家たちが一生懸命に掃除しているとの話も耳にする。キャッチ&リリースが当たり前のこととして定着し、トラウト類の自費放流に情熱を傾ける人たちも多くなった。トラウトの放流に関しては原生種保護の面から賛否あると思う。だが、ダムや農業用水の取水で死滅しかけた川が、徐々にではあるが
彼らの手によって甦りつつあることは疑いようもない。
 北海道に遠征した知人が、北海道のアングラーは閉鎖的であまりポイントを教えてくれないと嘆いていた。ボクは北海道のアングラーが閉鎖的だとは思わない。閉鎖的どころか、手間暇と自費を注ぎ込んで育んだトラウトを一言の愚痴も漏らさず、なんの押しつけがましさも見せずに釣らせてくれる彼らに感謝してい る。北海道に限らず、地元アングラーの心を開けるか否かは、その地に出かける アングラー自身の意識の問題だ。自然にも魚にも地元の人々にも、常に謙虚であ ること、感謝することを忘れてはならない。


 

 道南は今、冬のルアー&フライフィッシングが熱い。新雪を一歩一歩踏みし め、凍てついたガイドを水中に浸けて解かし、北の荒海に向かってルアー&フラ イをキャストする。海面を割って出てくるのは白斑の鮮やかなアメマス、エゾイ ワナの降海種だ。10年ほど前までは食べても不味いとの理由で見向きもされなか ったが、冬場のゲームフィッシュとしてその地位は日増しに高まっている。だ が、それに伴って一部の心ないアングラーが持ち帰ることも多く、大型は徐々に ではあるが少なくなってきている。悲しいことだ。  ボクは北海道の山奥で育ち、今は都会の片隅で細々と生きている。故郷を時間 的にも距離的にも遠く離れているだけに、故郷が失いつつあるものが気にかか る。子供の頃、今失いつつある野生の姿を留めた荒削りの自然そのものに強い印 象を与えられ、そして様々なことを教わったような気がする。真の豊かさとは、 人間と自然のバランスが保たれてこそ可能だと思う。人間が自然界に戦いを挑む ことは可能だ。一瞬の勝利を掴めるかもしれない。だが、その一瞬のために人間 の敗北が確定的になってしまうこともある。人間が全知全能の神じゃない。
 どんな樹木にも、どんな生きものにも、土中に潜む微生物にも、人間の価値基 準では計り知れない、自然界での重要な役まわりがある。地球はひとつの生命体 だ。自然界と人間は運命共同体だ。人と魚の関係も例外ではない。
 最近、一部の漁協ではシャケの稚魚を漁港に放流している。故郷の川を目指し てやっと戻ってきたシャケたちを河口で一網打尽にすることでは飽きたらず、故 郷の川の匂いすら奪ってしまった。アイヌの教えによればシャケは神様の贈り物 である。いったい生きものに対する尊厳はどこにいってしまったのだろうか。  考えてみれば、忠類川などの漁獲調査と称するシャケ釣りも異様だ。なんの為 の調査なのか、なんの為に調査に協力する側がお金を払うのか、なんでリリース が禁止なのか。川はいったい誰のものなのだろうか、大海原で成長した魚に対し て所有権など主張できるのだろうか。ついでにいわせてもらえば、シャケの生態 を観察できると称する観光用のヤナやシャケの資料館。シャケを一網打尽にして 次々と腹を割いて卵を絞り、精子をかける。そこには生きものに対する尊厳など 欠片もなく、人間の残酷さをあからさまに見せているだけである。そんな姿を子 供たちに見せて命の尊さなど伝えられるはずもない。激流を必死に遡り、苦しみ 傷つきボロボロになって産卵し、そして一生を終える。そんな自然界の残酷とも いえる真の姿を子供たちに見せることこそ、大人の義務ではないだろうか。
 ボクの心の中の故郷の魚たちは今も成長を続け、そして生き生きと記憶の中で 泳ぎ回っている。だが、過去の記憶を美化しようとは思わない。次の世代が、小 川で遊んだ素敵な思い出をそのまた次の世代に語り継げるよう、微力ながら自然 環境の回復を訴えていきたいと考えている。

 (〆) 

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