「藤吉 裕和の山の中から子ども達に向けて」


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「おっちゃん」と「山の中」をキーワードに、昆虫の家の紹介から設立のいきさつ、現在の活動をご紹介します。

作者紹介
藤吉 裕和
1973年4月26日、北海道常呂町産。地元の高校卒業後、家業の農業を後継しながら通信情報系フリーライターをする。その後、離農し網走のOA機器修理職を経て現在建設会社勤務。常呂町在住。

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■第32話

■市民活動地域フォーラム開催

 3月に入りました。相変わらず居座り続けている流氷と、朝晩の冷え込みはまだまだ続いています。日中の春のような陽気が早く続くことを願いつつ、大雪の神様のいたずらで3月中に1度は来る大きな吹雪が、すこし弱かったらいいなと思っています。

 またまた、去年の秋のできごとにタイムスリップして記したいと思います。
 夏のいきいきが終わった後、忠津理事と私と事務局長は事後処理に追われていました。2週間にわたる生活の跡ですから、食費などをはじめ全ての出納のチェック、助成金をもらっているため報告書の作成、写真の整理や文集づくり、その他の事務処理などなど・・。本業が終わってからそれぞれの分担で作業していました。
 そんな作業に追われている頃、事務局長より「フォーラム開催が決定した」と突然の連絡が。本当に事務局長はいつも突然仕事を持ってきます。何をするフォーラムか?昆虫の家の活動を紹介する事、地域の皆さんの協力の様子を紹介すること、山口県の昆虫の家応援団長の森法房さんのお話、この内容で進むことはあらかた決まっていました。
 さて、それからが大変でした。フォーラムのしおり作成、垂れ幕作成からはじまり、上映するビデオの作成などなど。やや寝ずの作業が連日続いておりました。

 10月16日開催というフォーラムの日程に合わせて、森さんは山口県の知的障害者さん達をたくさん連れて常呂にやってきました。この皆さんは、常呂とは無縁ではない方々なのです。この縁を取り持ったのが「常呂の小麦」です。夏のいきいきには、地域の皆さんがそれぞれの子供達にお土産を持たせることがあります。常呂の山の幸と海の幸。この中に、常呂のチホク小麦が混ざっていました。山口まで運ばれたチホク小麦は、製粉されて小麦粉に姿を変えました。その小麦粉を使って、知的障害者施設「野の花工房」の皆さんがパンを焼きました。山口県で命名されたそのパンは「ところパン」と呼ばれています。私が農家をやっていたン年前、チホク小麦はパン作りには向かないという話を聞いていました。JAところさんがこのチホク小麦で作っているうどんは、なかなかおいしいのですが・・(ちなみに、チホクがパン作りに向いていないという話は、もしかしたらガセネタかもしれません・・。何せ、離農してから約10年の私の曖昧な記憶の中での話ですから・・・間違っていたらスミマセン→農家の方々)。とにかく、おいしいパンを焼き上げたのでした。そして、野の花工房の皆さんの心の中には、この小麦の産地をこの目で見てみたいという気持ちが生まれ、今回の来町につながりました。昆虫の家入りした皆さんは、パンを焼くオーブンも何もない昆虫の家にビックリしたようですが、なんと、五右衛門風呂の釜を使ってパンを焼き始めました。昆虫の家の調理場の主である忠津理事は「それは無理だ」と言ったそうですが、なんと焼き上げてしまいました。多少は焦げている「ところパン」。オーブンなどで焼いたわけではないのですが、みんなの「なんとか焼き上げてやろう」「常呂の人に食べてもらいたい」という思いの結晶でした。

野の花工房・北海学園北見大学・地域の皆さん

 さて、フォーラムは常呂町教育委員会がバックアップしてくださいました。司会進行は竜滝さん(竜滝さんは、私にとって「先生」なのです。悪ガキだった小学校時代、今は名称が変わっていますが「カキ島青年の家」で町内の小学5年生が集まって研修をする行事がありました。竜滝さんはカキ島青年の家の先生(職員)をやっていました。私達が消灯時間を過ぎても騒いでいて、廊下に正座させられて怒られたのは、今でも覚えています。「連帯責任」この言葉の意味を初めて知った出来事でした。短い時間の正座の後に「ここはお前達だけでない。多くの仲間が寝ているんだ。みんなのことをよく考えるように」という言葉は、幼かった当時の私でも痛いほど理解ができました。最近もIT講習会の講師の時に担当をされていたり、無線インターネットもやってもらったりと、今でもお世話になりっぱなしです)でした。
 フォーラムの内容は・・・。このあたりの感想は、会場に来られた皆さんにおまかせします。時折笑いも起こり、森さんの軽妙な人を引きつけるお話も歌もありました。

フォーラム会場の様子

 終わった後、主催者である北海道立市民活動促進センターの東田さんが、「フォーラムは良かったんだけど、若原さんのしゃべりがイマイチだったね」という言葉が、なんか全てを表しているような気がしています。
 指摘されたことは次回までには何らかの改善をする、同じ失敗は2度しないという思いで昆虫の家のおっちゃん達は前に進んでいます。次回、同じようなフォーラムがあったときは、きっと、少し前進している?・・・・はずです。

事務局長(左)と森さん(右)

 ちょっとしたきっかけが、人と人とを結びつける役割をすることがあります。今回の「常呂の小麦」だけでなく、私たちの周りには、私たちが気づかない色々な宝物がきっとたくさんあると思います。常呂をはじめとするオホーツクという地域は、そんな宝物が溢れていると思っています。この宝物を通じて、全国の色々な方々を結びつけることができたら、きっとすごいことなんじゃないかなって思います。宝物を「見つけること」ができるか、「そのまま眠らせておくか」は、この地に生きている私たち次第です。
 人の往来があれば「道」ができます。この道にどんなアイディアを走らせるか。この道をどこに向かって伸ばしていくか。子供達の未来のために、私たちが考えなければいけないことです。来年は多分「北見市常呂町」となります。「北見市」という大きな自治団体を支える4本の柱のうちの1本です。4つの市町が1つの市となるわけですから、相互に人の流れは起こると思います。常呂の良さを知らない北見の方もたくさんいます。噂や先入観に惑わされず、まずはお互いの地域の良いところを知る、そしてみんなで良いところを伸ばしていけば良いはずです。
 この地に生きる私たちなのですから、この地の良いところをどんどん発信していきましょう。そして、人の流れを起こし、人の絆をつくり、みんなで歩んでいきましょう。
 きっと、何かがかわるかもしれませんよ。

 

(続)

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