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作者紹介

なつい・いさお 
1968年東京生まれ。
高等養護学校を卒業後、数年の
施設生活・親元での生活を経て、
20歳代半ばから1人暮らし。
3年間札幌ススキノ地区に住み、
同地区などの飲食店のバリアフ
リー化に取り組んでいたが、
02年結婚を機に豊平区に移転。
一女の父。

 

第1回「車いすのススキノライフ」


 私は、重度の身体障害者でありながら、札幌の歓楽街、ススキノで一人暮らしをしている。手足が不自由で、普段は電動車いすに乗って外出している。まぁ、最重度とまではいえないかもしれないが、かなり障害は重い。
 「なんでそんな障害者がススキノなんぞに住んでるか」と疑問に思う方も多いだろう。確かに夜遊び好きだからということも大きな理由ではあるが、実はもっと大きな理由がある。
 北国に生活する者に共通の悩みは冬場の雪。特に車いすにとっては移動に大きな制約を受ける。私が以前住んでいたアパートなどは、よく前の道で車が埋まって立ち往生するようなところだった。我が家に帰ろうとして、アパートの数メートル手前で遭難しそうになったこともあったし、ひどい時など雪に埋まって助けを求めようにも人通りが全くなく、結局二時間近く動けなくなったということもあったりもした。
 「もっと雪の少ないところに引っ越したい」ということで新しいアパートを探した際、札幌市内で最も除雪やロードヒーティングが充実しているのがススキノだということに気がついた。もちろん交通の便もよく、路上で万が一動けなくなっても人通りがあって手を借りやすい。ススキノは道内で最も物理的にバリアフリーが進んでいる地域と言えるであろう。繰り返すが、決して遊びたい一心だけでススキノに住んでるわけではないのであしからず。


 昼間は障害者の小規模作業所の職員をしている。が、これは仮の姿。夜になると仲間とススキノに出かけて、「バリアフリーチェック」と称して車いすで入店できる店を開拓して歩くのが「仕事」のようになっている。
 ニュークラブにキャバクラ…。そしてもう少しエッチな店にアポなしで突入を試みることもしばしばある。「車いすでも入れますか?」。この言葉を何度、口にしたことか。実際、車イスの客が来店したことがないという店は多い。当然のことかもしれないのだが、店員が戸惑う姿を見ることは珍しくなく、最近は少なくなったのだが、たまに入店拒否もあったりする。残念なことだが、まだススキノは車イスにとって優しい街とはいえないのが実情だろう。


 今年の秋には、札幌でDPIという障害者団体の世界大会が開催される。国内外から二千人の障害者やその関係者が札幌にやって来る。大会に参加した人たちに快適にススキノの夜を楽しんでもらうためにも、一店でも多くの店に車イスを知ってもらいたい…。そんな思いを胸に、私は今夜も遊び歩いているのである。

(「札幌タイムス」2002年02月25日)
(続)



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