大谷地恋太郎の地方記者日記

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作者紹介
ペンネーム:大谷地恋太郎
日本各地を転々とする覆面記者。
取材中に遭遇した出来事や感じた事を時に優しく、時に厳しくご紹介します。

(以下は大谷地氏とは関係ありません)

横山 芳介(1893-1938)
東京生まれ。訳あって文学の道を諦め、現在の北海道大学農学部に入学。現在の北海道大学の学生寮でもある『恵迪寮』に入寮する。1912年(明治45)、自身が予科3年の時に、日本の三大寮歌のひとつにも数えられている『都ぞ弥生』を作詞。大学卒業後は小作調停官として静岡県に赴任。開明的実務家として、また「小作保護官」として地主との調停にあたった。

■地方記者日記138
 発疹
by大谷地恋太郎

 夜中に寝ていたら、やたらお腹の部分を中心に、体中痒くて痒くて仕方なかった。ずいぶん掻いた。
 そして朝方見ると、発疹の症状が出ている。上半身裸になって鏡を見ると、腹や胸を中心に、無数の腫れがある。直径にして1ミリから3ミリぐらい。赤く腫れていて、見た目も気持ち悪い。お腹が小岩さん状態なのだ。
 ジンマシンなのか。それとも、汗疹なのか。帯状疱疹なのか。さらにはダニなどの虫による虫さされなのか。休日のことなので、病院も救急当番医しかない。我慢して翌々日病院に行くことにした。
 ジンマシンの心当たりはあった。
 実は今から二十年前近く、生まれて初めてジンマシンになったことがある。その時の原因は、イカの天ぷら蕎麦だった。たぶん、あまり新鮮ではなかったのだろう。食った数時間後に、ジンマシンが出てきて、最初は何の発症なのか分からなかった。心当たりはこの蕎麦しかなかった。生まれて初めての経験で、当時は数日我慢して、そのまま治った経験がある。
 それ以来、しばらくイカ刺しやイカ料理は避けていた。
 そしてその一年後だった。
 もういいだろうと思って、遊びに行っていた北海道小樽市の飲み屋でイカ刺しを食った。
 するとどうだろう。またまたジンマシンが出たのだ。
 これを何回か繰り返した。
 イカはしばらくずっと敬遠していたのは、こんな過去の事情があったためだ。たぶん、身体も疲れていて、そういう状態で、イカに対するアレルギーが出たのだろう。
 魚市場関係者で知り合いになった人は、僕に対して、「こんなにうまいものなのに」と言って、不思議そうな顔をしていた。
 イカを再び口にするようになったのは、ここ数年だ。しかし積極的に食おうとは思っていないのは、ジンマシンが怖いからだ。
 もう一つの帯状疱疹。
 これも体が疲れている時に、中高年に発症する病気だ。ブツブツが、体の片方に出来る。多くの場合は痛みが伴い、さらにはガン患者に多く見られる。
 これも二十年近く前に、僕は経験している。痒いしやや痛みが伴って、とても我慢ができるような状態ではなかった。その時は病院に行って、薬をもらって治した記憶がある。
 しかし、今回はこの帯状疱疹ではなさそうだ。
 でダニなどによる虫さされ。
 これも違うようだ。
 翌々日、ようやく探し出した、皮膚科を併設する病院に行き、診断してもらったが、ダニだったら、こんな無数の発疹はないという。
 だったら、という消去論で、食べ物によるアレルギーという結論になり、飲み薬と塗り薬をもらってきた。
 食べ物によるアレルギーだとしたら、前夜食ったものが原因だが、心当たりがないのだ。
 前日昼には、オムライスの昼食だった。
 夜はビールに焼酎。スーパーで買ってきた牛肉を焼いてメーンディッシュとして、焼き鳥や他の総菜も食った。生春巻きも食った。キャベツばかり、やたらと多かった。
 で、ジンマシンの原因は何なのか、と今でも考えてしまう。
 生春巻きなのか。それとも普段は食わない牛肉なのか。あの肉、味すらなかった。たぶんオーストラリア産だろう。値段も安かったし。
 ビールが原因では絶対ないし(笑)。焼酎でもない(断定調)。
 何なだろうね。
 で、薬のせいか、発疹の症状は次第に良くなっています。
 ご安心ください。

(続き)



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