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作者紹介
衛藤 聡
1961年登別市生まれ。登別市在住
趣味:北海道らしく美しい風景を求めて最近はもっぱら山に登る。(半分は運動不足解消のためかな?)
仕事:これまた北海道らしい建築を求めて、日々建築設計活動中。


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衛藤聡建築事務所
http://www7.plala.or.jp/etaa/


 ■第10話 「唇山 その2」

寒さで何度か目を覚ました覚えがあった。
何度目かは分からないが、白み始めた空が見えたとき
ムックリと起き上がった。
「あ〜あ、寝不足だ・・・」と思いながら、おもむろに動き出した。
さすがに山間の朝は寒い・・・
冷たい水で顔を洗い、着替えを済ませて登山口に向かった。
車を走らせながらパンをかじった。
登山口への標識のある林道の入り口を見つけた。
左折して林道へ入った。
直後、閉ざされたゲートが現れた。
「えっ?・・・」
車を降りてゲートに近づいた。
『台風18号による危険倒木のため通行止・・・』
冷たく張り紙が張ってあった。
「えーっ!?・・・何なのョー!!・・・」
と言ってはみても仕方が無い・・・
「どうしようか・・・」頭の中がグルグルと早回しに回転した。
近くにある別の山への入り口に廻ってみることにした。
状況は同じだった。
諦めて然別方面への道を戻った。
然別湖を囲む小さな山に登ることにした。



その一つに天望山という山がある。
上唇のように似たような頂を二つ持つ山で、
それが波の無い鏡のような湖面に映ると、
「唇」に見えるわけで、「唇山」と親しまれている。
ほんの僅かでも波、つまり風があると、その唇は見ることが出来ないのだ。
湖畔に着いた時、運良くその唇を見ることが出来た。

隣の山の白雲山から、唇山こと天望山へ繋げて登ることにした。
始めからそれなりの急登が続いた。
いつもそうだが、一汗かくまでは体が重い。
そんな登りも長くは続かなく、やがて平らな稜線上に上がった。
あとはこの上をしばらく歩き、巨岩を積み上げたような頂きに
登るだけだった。
形の良い岩の上に腰掛け、晴れた展望をしばらく眺めた。
360度、展望を遮るものはなかった。
時折、「ピキーッ!」とナキウサギの声が聞こえるだけだった。
この山の周辺、地下には永久凍土と呼ばれる部分があるらしく、
岩と岩の隙間から冷気が流れ出しているという。
だから決して標高が高くはないこの場所でも、
普段は高山に生息する動植物にとっては
とても心地よい場所になっているわけだ。
心地よい風が吹いていた。
僕も心地よかった。



この山の稜線をトンネルでブチ抜くという計画があった。
幾多の反対を受け、堀前知事がやむなく工事中途の段階で、
工事中止の決断を下した。
今、地図を広げて見てもプッツリと途切れたままのこの道が、
双方の対立を物語っているように見える。
眼下には、柏のはっぱのような形の然別湖がよく見えた。
湖面を白い観光遊覧船が走っていた。
「そんなに次から次へと客が乗ってるの?・・・」
と思うくらい何度も同じところを走っていた。
こんな山間の小さな湖に、決して小さくはない遊覧船が
不釣合いに見えた。

この山を下りてもう一度、今度は唇山を登り返した。
その頂きはあづましくなかったし、心地よくもなかった。
他の登山者が登ってきたので、
入れ替わるように僕は唇山を下りた。

(つづく)

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