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作者紹介
渡辺 俊博
道中作文画家
デザインスタジオ・ズウ代表

昭和23年北海道夕張市生まれ。
印刷会社、広告代理店勤務のち昭和54年デザインスタジオ・ズウ設立フリーとなる。
「北海道各駅停車見て歩き食べある記」「北海道おいしいもの見つけ旅」(北海道新聞社)、豆本シリーズ「小樽散歩」「函館散歩」「夕張散歩」(自費出版)などの著書があるほか、旅のスケッチ展を数回開催。
現在、JR北海道社内PR誌「ズウさんの俳諧旅日記」コーナーを執筆中。
古い町を旅するのが好き。ほのぼのとした人情を感じさせるイラストが人気で、最近は旅の絵手紙と俳句に凝っている。

「絵手紙ズウさんの痛快・駅前探見」
著者 渡辺俊博
発行 北海道新聞社
定価 1400円(税別)

第12話:

〜札幌市 カラカラ〜

 ひところ、イタメシブームがあった。
これは、いためたごはんでもなければ傷んだごはんでもない。イタリアのごはん、いわゆるイタリア料理のこと。
 イタリアといえば即、パスタとくるが、札幌の狸小路に、めったにたべられない!?という、イタリア料理がある。ゆであげスパゲティの店<カラカラ>にある<スップリ>というものだ。
 ご主人は東京からの脱サラで、店をひらいて十三年という、遠軽出身の苗田晃男さん。
東京で勤めていたころは海外出張が多く、各国でたべ歩きをしているうちに、イタリアの味に魅せられてしまったと言う。
 「あの国の気候やちょっぴりいいかげんな民族性……そして何よりもおいしいたべ物がたくさんあるのが、とても気に入ってね……」
 店名はローマ郊外にあるカラカラ浴場で有名な、カラカラ遺跡からとった。
「なんせ、インスタントラーメンのネギも切ったことがない」というほどの素人の苗田さん。半年ほどコックさんに習っただけで、お店をはじめてしまった。でも、海外出張で鍛えた自分の舌を信じ、自分でたべておいしいと思う味つけを工夫していったと言う。
 まず、お目当ての”スップリ”を作ってもらった。
 これはトマトたワインで味つけをしたごはんに、モッツァレラチーズ(水牛の乳で作ったイタリアチーズ)を入れて、ライスコロッケ風に揚げたものだ。できあがりは、子供の握りこぶしくらいの大きさでかわいい形。おいしそうなキツネ色をしている。
   
そっとナイフを入れてみる。サクッと割れた中からは、チキンライス風のごはんと、トロリと溶けたチーズが流れだし、いいにおいがする。
 パクリッと半分を口に入れる。トマトとチーズの味がとてもいい。ワインを飲りながらだと、二、三個はいけそうな気がする。
「もともとスップリは、リゾットの残りで作った、北イタリアの家庭料理なんですよ」と、奥さんのそのみさんが説明してくれた。 

 さて、スパゲティぬきでカラカラは語れない。おいしいスパゲティもたべたーい。
 「スパゲティはね、ゆであげがいちばんおいしいから、注文を受けてからゆではじめるので少々時間はかかるけど、やっぱりおいしくたべてほしいからね」とめんをゆではじめた。
 ここのソースはトマト、塩、クリーム、和風ベースなど、五十種類近くのバリエーションが楽しめる。
「ピノッキオのため息」「ゴンドラの舟歌」「王様と乞食」「絶望のスパゲティ」などの名前に、苗田さんの遊びごころが感じられる。
 中でもぼくがとても気に入ったのは、”娼婦風スパゲティ”だ。味はトマトベースで、アンチョビー、オリーブ、ケーパーとシンプルだが、これがとてもうまいのだ。これはイタリアではポピュラーなもののひとつで、娼婦が客待ちの間にたべたから、この名がついたというシャレた説もあるらしい。
 「むこうではあまりかまずに、のどごしで楽しんでいますよ。マナーを気にせずにね」
 なるほど、イタリア人も江戸っ子がそばをすするようにたべているらしい。
 でも、こんなにおいしいスパゲティ、やっぱりかんで、シコシコした歯ごたえを楽しまなくっちゃ、もったいない。
 ぼくはゆっくりと味わって、ゴクリ。口のまわりはトマトソースで真っ赤。一瞬、赤い口紅をぬった娼婦になったような気がした。

(続)


絵と文 「北海道 おいしいもの見つけ旅」(北海道新聞社)より



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